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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)9641号 判決 1999年8月26日

大阪府茨木市片桐町三番二二号

原告(両事件)

守屋圭三

大阪府河内長野市桐ヶ丘二-三

被告(第一事件)

東山勉

大津市下坂本六-三二-三三

被告(第一事件)

森島勝彦

大阪府和泉市鶴山台三-九-二〇-四〇八

被告(第一事件)

桝田拓雄

奈良県大和郡山市朝日町一番四七号

被告(両事件)

三木貞夫

兵庫県宝塚市中州一丁目一〇番一七号

被告(第二事件)

森田孝雄

右五名訴訟代理人弁護士

長谷川宅司

右訴訟復代理人弁護士

真田尚美

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(第一事件)

一  被告三木貞夫は、原告に対し、金四四二万円及びこれに対する平成九年九月二四日から平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告桝田拓雄は、原告に対し、金四一三万一〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月二四日から平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告森島勝彦及び同東山勉は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成九年九月二四日から平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

一  被告三木貞夫は、原告に対し、金五二一万円及びこれに対する平成一〇年一月二三日から平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告森田孝雄は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月二三日から平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  原告は、昭和四七年大阪中央ソニー販売会社に中途採用されたが、同社は、その後数次の組織変更が行われた後、平成三年四月、全国二〇社のソニー販売会社の合併により、ソニーコンスーマーマーケティング株式会社(以下「SCM」という。)となり、さらに平成九年四月、国内の販売部門が一本化されてソニーマーケティング株式会社(以下「ソニーマーケティング」という。)となって、現在に至っている。

2  原告は、平成四年四月から平成九年九月までの間、次のとおり会社の組織、名称変更に伴いその所属の名称変更等はあったものの、それぞれの所属で各記載の所長(課長)を直属の上司として、主に特約店である株式会社大阪アビック(以下「アビック」という。)に対するソニー株式会社(以下「ソニー」という。)製品の卸販売に関する業務に従事していた。

(一) 平成四年四月から平成六年三月まで

SCMリージョン関西中央営業所

所長は、被告三木貞夫(以下「被告三木」という。)

(二) 平成六年四月から平成八年三月まで

(平成六年四月から平成七年三月まで)

SCMリージョン関西中央第二営業所(乙20)

(平成七年四月から平成八年三月まで)

SCMリージョン関西中央第一営業所

所長は、いずれも被告森田孝雄(以下「被告森田」という。)

(三) 平成八年四月から平成九年九月まで

(平成八年四月から平成九年三月まで)

SCMリージョン関西中央第一営業所

(平成九年四月から平成九年九月まで)

ソニーマーケティング関西支社関西第一支店流通開発営業課

所長又は課長は、被告桝田拓雄(以下「被告桝田」という。)

3  被告三木は、平成八年九月からアビックの代表取締役社長となっている。

被告被告森島勝彦(以下「被告森島」という。)は、平成七年四月から平成九年三月までは、SCMリージョン関西営業統括部長として、平成九年四月から平成一〇年三月までは、ソニーマーケティング関西支社関西第一支店長として、前記2の各営業所長(課長)の直属の上司であった。

被告東山勉(以下「被告東山」という。)は、平成六年一〇月から平成九年三月までSCMリージョン関西社長(職位呼称、乙6)として、原告の所属する部門の最上格の上司であった。

二  原告の主張

(第一事件)

1 侮辱行為等に基づく損害賠償

(一) 被告桝田の行為

被告桝田は、平成八年四月から平成九年九月まで、SCMリージョン関西中央第一営業所長、ソニーマーケティング関西支社関西第一支店流通開発営業課長をしていた間、後記(1)の行為により原告の名誉を毀損するとともに、その信用を毀損又は業務を妨害し(少なくとも侮辱に当たる。)、後記(2)ないし(11)の労務上の越権行為によって、原告を侮辱した(それぞれ名誉毀損罪、信用毀損罪、業務妨害罪、侮辱罪に該当)。

(1) 被告桝田は、社内的対外的に自らが「セールスである」と公言した。ソニーマーケティング及びその前身会社では、一特約店に対し、同一品目、同一カテゴリーを複数のセールスが担当することはないので、右桝田の発言は、原告がセールスではないという虚偽事実の発言である。

(2) 毎月ソニーから連絡される拡販リベート(以下「拡売」という。)の案内がすべて被告桝田から直接アビックの商品部に連絡され、原告が桝田被告に聞いても答えないので、原告は、アビックの商品部に問い合わせしなければならなくなり、著しくアビックの社員の信頼を失った。

(3) 原告が、たまたま拡売情報を得て、アビックに販売促進プランを提出したときも、被告桝田が「自分ならもっと拡売費を出す」とほのめかしてプランをつぶしたことが平成八年七月ころのほか数回あった。

(4) セールスである原告の権限であるアビックとの月一回の商談会につき、被告桝田が原告に何の相談もなく、勝手にアビックに案内した。

(5) 被告桝田は、原告が求めた特約店に対する販売促進費の支出を拒否しながら、原告に断りもなく、当該特約店に勝手に販売促進費の提供を申し出た。

(6) 被告桝田は、アビックからの伝票、受領書などの一切を通さず、原告を全く通さずに、その商品を動かして原告の権限を侵した。

(7) 被告桝田は、社内的にも右(1)から(6)の行為を公然と行い、社内的にも若い社員が原告を軽んじる空気を醸成した。

(8) 原告は一〇回以上注意・抗議したにもかかわらず、被告桝田は右(1)から(6)の行為を続けた。

(9) 被告桝田は、月一回セールスが提出すべき在庫の調査票について、原告が作成したものを勝手に改ざんし、自己名義でソニーに提出した。

(10) 被告桝田は、ソニーからの入荷スケジュール一覧表をアビックに案内しながら、決して原告に渡さなかった。

(11) 被告桝田は、アビックへの配分から削り取った商品を他店へ回したり、アビックに入荷連絡しないまま放置したりして、原告のセールスとしての業務を妨害した。

(二) 被告森島の行為

被告森島は、平成七年九月、原告がデジタルビデオ発売時の各特約店に対する出荷数の割当方法について進言したのにこれを無視し、また、被告森田及び被告桝田の侮辱行為をやめさせるよう原告が数回にわたって訴えたのを聞きながら、これを無視して両被告の行為を事実上承認するなどして、原告を侮辱した(侮辱罪に該当)。

(三) 被告東山の行為

被告東山は、平成七年一一月ころ被告森田がアビックに対し返品業務に関し行った越権行為をやめさせるよう求めたのにこれを無視するなど、被告森田及び被告桝田の越権行為を事実上黙認し、両被告の越権行為が会社の意志であるかのような誤解を社内及びアビックの社員に与え、原告を軽視する雰囲気を作り上げ、原告を侮辱した(侮辱罪に該当)。

(四) 以上の各被告の行為による原告の精神的苦痛に対して、慰謝料として計三〇〇万円が相当である。

2 著作権侵害に基づく損害賠償

(一) 原告は、甲4ないし16のようなグラフを作成するためのプログラムにつき著作権を有している。これは、ロータス社のアプリケーションソフト「IMPROV」を使用し、目的のグラフを作成できるように設計したプログラムである。

(二) 原告は、甲4ないし16、甲21ないし24のグラフにつき著作権を有している。これらは、経営学的観点から作成された純粋に学術的図表である。

(三) 被告三木の行為

(1) 被告三木は、平成八年一一月ころ、原告が個人使用のために提供した原告開発のプログラムによるグラフ等の資料を原告に事前了解もなく、著作者表示もしないで、アビックの店長会議の席においてカラーの原本をOHPシートに黒色単色コピーして使用した。(公表権、氏名表示権、同一性保持権、複製権の各侵害)

これによる損害は、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料五〇万円、グラフ著作権使用料五〇万円の各相当損害金、及び同一性保持権、複製権侵害に対する慰謝料五〇万円の計二〇〇万円である。

(2) 被告三木は、平成九年二月三日に使用する目的で原告に作成を依頼した資料(甲21、23、24)を、著作者として原告の表示をせずに使用した。

(公表権、氏名表示権の侵害)

これによる損害は、プログラム開発料一〇万円、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料一〇万円、印刷などの諸費用一万円、グラフ著作権使用料五〇万円の各相当損害金計一二一万円である。

(3) 被告三木は、平成九年三月一四日、原告にグラフ作成のプログラム開発、グラフの作成、印刷を原告に依頼し、原告が作成した資料(甲26、22、23、)を著作者として原告を表示せずに無断で公表した。(公表権、氏名表示権の侵害)

これによる損害は、プログラム開発料一〇万円、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料一〇万円、印刷などの諸費用一万円、グラフ著作権使用料五〇万円の各相当損害金計一二一万円である。

(四) 被告桝田の行為

(1) 被告桝田は、平成八年九月ころ、原告開発のプログラムによるグラフ資料を原告に求め、原告が作成提出した資料を原告に無断でOHPシートにカラーコピーし、アビックの店長会議の席上で、原告の著作権を明示せず使用したうえ、グラフ作成の本来の趣旨と異なる説明をし、原告の著作者としての名誉を損なった。(公表権、氏名表示権、同一性保持権、複製権の侵害、翻案権の侵害)

これによる損害は、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料五〇万円、印刷などの諸費用一〇〇〇円、グラフ著作権使用料五〇万円の各相当損害金、及び同一性保持権、複製権侵害に対する慰謝料五〇万円の計二〇〇万一〇〇〇円である。

(2) 被告桝田は、平成九年二月ころ、原告が作成した資料(甲4~12)のファイルを三週間にわたって持ち出し、著作者を明示せず使用した。

(公表権、氏名表示権の侵害)

これによる損害は、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料五万円、印刷などの諸費用八万円、グラフ著作権使用料五〇万円の各相当損害金の計一一三万円である。

3(第一事件)結論

原告は、被告三木に対して著作権侵害に基づく損害賠償として金四四二万円、被告桝田に対して名誉毀損、侮辱行為等及び著作権侵害に基づく損害賠償として金四一三万一〇〇〇円、被告森島及び被告東山に対し侮辱行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円宛、及びこれらに対する第一事件の訴え提起の日である平成九年九月二四日から弁論終結の日である平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員の各支払を求める。

(第二事件)

1 侮辱行為に基づく損害賠償

(一) 被告三木の行為

被告三木は、平成四年四月から平成六年三月まで、SCMリージョン関西中央営業所長をしていた間、原告に対し、次のような侮辱行為を行った(侮辱罪に該当)。

(1) 宛名書きの件

被告三木は、平成四年一〇月、三週間余りにわたって原告に招待状の宛名書きを強要して原告を拘束し、原告はルートセールスではなく他の社員の雑用係であるかのような印象を与え、原告は健康を損ねたほか、原告の本来の業務とは関係のない雑用を原告におしつける後輩社員が後を絶たない状態となった。

(2) 新年挨拶の件

被告三木は、平成五年一月、原告らとともにアビック千里中央店に新年の挨拶回りに行った際、ソニーからの見習い出向社員を指して「まだ、セールスがきとりまへんが」といって、同店店員に原告の身分に対する誤解を与え、原告が口頭で抗議したにもかかわらず、その後も同様の言動を繰返した。

(3) 名札の件

被告三木は、平成五年九月、ソニーからの見習い出向社員の名札を原告の名札の上に貼り、原告が新入社員以下の扱いを受けているということを社員の間に浸透させ、原告の業務遂行を困難なものとした。

(4) 返品伝票の件

被告三木は、業務部の責任者に、原告はルートセールスではないから返品伝票を渡さないようにと指示していた。

(二) 被告森田の行為

被告森田は、平成六年四月から平成八年三月まで、SCMリージョン関西中央第二(第一)営業所長をしていた間、次のような労務上の越権行為によって、原告を侮辱した(侮辱罪に該当)。

(1) 事実無根の風説の件

被告森田は、アビックの社長及び店長に対して、原告に関する事実無根の風説を流し、原告がルートセールスでないという認識を社内外に醸成し、原告を侮辱し、原告の信用を傷つけて、その業務を妨害した。

(2) 商談会の件

被告森田は、本来原告の権限であり、責任でもある「商談会」を原告抜きで販売推進部と自らの企画で勝手に催し、原告がルートセールスでないという認識をアビック社員の中に醸成した。

(3) 返品伝票の件

被告森田は、業務部の責任者に、原告はルートセールスではないから返品伝票を渡さないようにと指示していた。

(4) 情報提供の件

被告森田は、ソニーから送られてくるあらゆる情報を原告を通さずにアビックに提供した。

(5) 勉強会の件

被告森田は、「勉強会」は本来原告の責任業務であり、権限でもあるにもかかわらず、「ポニーテール」(ソニー特約店等の女子社員を対象にした商品勉強会)を含む新製品勉強会等について、原告に相談もなくアビックに案内し、商品知識もない社員に説明させたために、原告はそのたびに彼らの説明の間違いを説明して回るのに翻弄され、また、セールスの方針を大いに妨害された。

(三) 以上の両被告の行為による原告の精神的苦痛に対して、慰謝料として、被告三木については四〇〇万円、被告森田については三〇〇万円が相当である。

2 著作権侵害に基づく損害賠償

(一) 被告三木ば、平成九年九月ころ、原告にソフトプログラムの開発を依頼し、原告が作成した資料(甲31、32)を使用することにより、著作者の同意を得ることなく、当該プログラム著作物を使用した。(公表権の侵害)

(二) これによる損害は、プログラム開発料一〇万円、プログラム著作権使用料五〇万円、データ入力料一〇万円、印刷など諸費用一万円、グラフ著作権料五〇万円の各相当損害金の計一二一万円である。

3(第二事件)結論

原告は、被告三木に対して侮辱行為及び著作権侵害に基づく損害賠償として金五二一万円、被告森田に対して侮辱行為に基づく損害賠償として金三〇〇万円、及びこれらに対する第二事件の訴え提起の日である平成一〇年一月二三日から弁論終結の日である平成一一年六月一〇日まで年五分の割合による金員の各支払を求める。

三  被告らの主張

1  被告らが、原告に対し、名誉毀損又は侮辱、信用毀損、業務妨害に該当する行為をしたとの主張は、否認ないし争う。

2  プログラムないしグラフの著作権侵害の主張については、そもそも原告にプログラム著作権が成立していないし、被告らによるその侵害行為の主張もないから主張自体失当であるし、また、グラフには創造性がなく、著作物性が認められないし、しかも、アビックの業務支援のために提供された原告作成の資料(グラフ)を販売促進のために利用できるのは当然であるから、著作権、著作者人格権の侵害はない。

四  争点

1  被告らが、原告に対し、侮辱行為等をしたか。

2  原告主張のプログラムないしグラフは著作物であり、原告が著作権を有していたか。被告らは、その著作権、著作者人格権を侵害したか。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(侮辱行為等に基づく損害賠償)の前提的な争いについて

1  原告が、被告らの侮辱行為等であると主張する行為の多くは、原告の職務が「(ルート)セールス」であるにもかかわず、被告らがその事実がないことを前提とした言動をとり、原告を侮辱等したというものであるので、まず、この点について検討する。

2  当事者に争いのない事実、証拠(甲44、乙7の1、2、乙17、18、原告本人、被告三木及び被告森田の各本人。但し、後記3のとおり採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成四年四月SCMリージョン関西中央営業所(被告三木所長)に配属された。同営業所には、営業一課から三課及びSP課が置かれていた。そのうち、営業各課は、各担当特約店等に対しソニー製品の販売(「営業」「セールス」)を行う部署であり、一課は大阪府下の地域量販店、二課は在阪百貨店、三課はアビックを担当していた。営業各課の担当者は、それぞれの販売担当で、販売のノルマと責任を負っていた。

SP課は、セールスプロモーション、即ち、特約店に対する販売促進等の業務支援を行う部署であり、商品勉強会、商品説明会をしたり、売り出しをしたりなどユーザー活動のサポートを担当していた。SP課の担当者は、販売のノルマと責任を負っていない。

原告は、SP課(課長以下四名)に属し、主にアビックの千里中央店、ソニータワー店、京阪モール店、泉ヶ丘店の四店舗のセールスプロモーションを担当していた。

(二) 平成六年四月、アビックの担当部署が、SCMリージョン関西中央第二営業所(被告森田所長以下四名)として独立し、原告は、引き続き(一)と同じ職務を担当した。

(三) 平成七年三月、同営業所では、一名の転勤に伴い三名体制となり、同年四月、SCMリージョン関西中央第一営業所と名称変更された際、原告は、(一)記載の四店舗のセールス担当となった。その後、同年八月さらに一名の転勤に伴い森田被告と原告の二名体制となった際、原告は、アビック全店の担当となった。

(四) ソニーマーケティング及びその前身会社では、「営業」「セールス」という言葉を、特約店などに対する営業、セールス一般ないしその担当者という広い意味で用いる場合もあり、また、(一)記載のとおり、営業課の担当者の職務(特約店などに対する販売のノルマと責任を負い、販売を担当)ないし担当者自身を指す狭い意味で用いる場合もある(以下、必要に応じて前者を広義の「営業」ないし「セールス」と、後者を狭義の「営業」ないし「セールス」という。)。

また、「ルートセールス」という言葉は、業界において通常、特約店など特定の販路を定期的に巡回する「セールス」(飛び込みセールスと対比される言葉)という意味で用いられている。

3  原告は、昭和四七年、「ルートセールス」の募集広告に応じて中途採用されて以来、自らこの労働契約の変更を申し出たことも、変更の希望をほのめかしたこともないから、原告の職務は一貫して「ルートセールス」であると主張している。

しかしながら、証拠(乙7の1、2、乙17、18、被告三木及び被告森田各本人)及び弁論の全趣旨によれば、ソニーマーケティング及びその前身会社では、原告を「ルートセールス」の職種に限定して雇用した事実はないことを認めることができ、また、証拠(甲44)によれば、原告は、平成四年四月、SP課に配属された際、販売目標は設定されず、重点的に店員の教化育成、販売促進を図る職務であることを了解していたことを認めることができるのであり、甲44号証、原告本人尋問の結果中、原告の右主張に沿う部分を採用することはできない。

なお、被告らは、第一事件答弁書(四頁)の「請求の原因に対する認否 三」において、第一事件訴状(七頁)の「請求原因二、【原告と被告の関係】の十」の「一九九四年四月、原告はこのアビックの支店十二店のうち四店の担当セールスを命じられ、その後一九九五年十一月から全店を担当するようになった。」を認める旨認否し、平成九年一一月二一日の第一回口頭弁論期日においてその旨陳述した。この時点では、訴状にいう「セールス」が広義のものか、狭義のものか争点として明らかとなってはおらず、後に、原告が狭義の意味で用いていることが明らかになってからは、これを争う旨の明確な主張をしているところであり、右答弁書による陳述を狭義の「セールス」に関する自白と解するのは相当でなく、自白の撤回の問題を生じないというべきである。

二  争点1(侮辱行為等に基づく損害賠償)について

1  被告三木の行為(第二事件)について

(一) 宛名書きの件

被告三木が、平成四年一〇月ころ、原告に対し招待状の宛名書きを命じたことは、当事者間に争いはなく、証拠(乙17、被告三木本人尋問)によれば、その招待状は、百貨店の外商担当者にソニー製品を見てもらうギフトフェアのためのものであり、当時、百貨店のギフトフェアは、担当の営業二課のみならず営業所を挙げて準備に取り組んでいたこと、被告三木は、全部で六〇〇〇枚の招待状のうち、二〇〇〇枚の宛名書きを、中央営業所の所員に指示し、また隣の営業業務課員に応援を求め、一七、八名程度で、少なくとも一週間や一〇日間以上の余裕をもって、平常の業務に差し支えない範囲で行うよう指示したこと、原告も招待状の宛名書きを行ったことを認めることができる。

原告は、被告三木が原告に対して三週間余りにわたって招待状の宛名書きを強要し原告を拘束したなどと主張するが、その具体的な態様についての主張立証はなく、被告三木がことさら右のような行為により原告を他の社員の雑用係であるかのような印象を与えたことなどを認めるに足りる証拠はない。

(二) 新年挨拶の件

被告三木が、平成五年一月、アビック千里中央店に新年の挨拶回りに行ったことは、当事者間に争いはないが、その際、同被告がソニーからの見習い出向社員を指して「まだ、セールスがきとりまへんが」と言ったことを認めるに足りる証拠はない。また、仮に、被告三木がそのような発言をしたとしても、前記一の認定判断によれば、右の発言が直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。

(三) 名札の件

営業所の白板に各人の名札が各課順に並んでいたことは、当事者間に争いはないが、被告三木が、平成五年九月、ソニーからの出向社員の名札を原告の名札の上に貼り、原告が新入社員以下の扱いを受けているということを社員の間に浸透させたことを、認めるに足りる証拠はない。

(四) 返品伝票の件

被告三木が転出した平成六年三月まで、原告に返品伝票を渡していなかったことは、当事者間に争いはないが、被告三木が、業務部の責任者に、原告はルートセールスではないから返品伝票を渡さないようにと指示していたことを認めるに足りる証拠はない。前記一の認定判断によれば、原告に返品伝票を渡していなかったことが直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。

2  被告森田の行為(第二事件)について

(一) 事実無根の風説の件

原告の主張は、その具体的な内容が明確でないが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 商談会の件

被告森田が、商談会を開催したことは、当事者間に争いはないが、商談会が、本来原告の権限であり、責任でもあること、商談会を原告抜きで開催したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 返品伝票の件

平成七年三月まで、原告に返品伝票を渡していなかったことは、当事者間に争いはないが、被告森田が、業務部の責任者に、原告はルートセールスではないから返品伝票を渡さないようにと指示していたことを認めるに足りる証拠はない。前記一の認定判断によれば、原告に返品伝票を渡していなかったことが直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。

(四) 情報提供の件

被告森田が、ソニーから送られてくるあらゆる情報を原告を通さずにアビックに提供したことを認めるに足りる証拠はなく、右情報を必ず原告を通さなければ原告に対する侮辱になるというものでないことも明らかである。

(五) 勉強会の件

勉強会が本来原告の責任業務であり、権限でもあることを認めるに足りる証拠はなく、証拠(乙13、14、被告三木本人)によれば、「ポニーテール」の開催は地域推進部、新製品勉強会の開催は商品部の担当であることを認めることができるから、原告の主張は、理由がない。

3  被告桝田の行為(前記第二の二(第一事件)1(一))について

右被告桝田の行為(1)ないし(11)について、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。このうち、(1)については、仮に被告桝田が自己を「セールス」と称したことがあっても、前記一の認定判断に照らせば、これが直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。(4)については、仮に被告桝田が原告に相談せずに、アビックに商談会の案内を出しても、直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。(5)については、仮に被告桝田が原告に断りなくアビックの店舗に販売促進費の提供を申し出ても、直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。(6)については、原告の主張は明確でないものの、仮に被告桝田がアビックの商品を動かすについて、伝票、受領書などを通さず、原告を通さなかったとしても、直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。

4  被告森島の行為(前記第二の二(第一事件)1(二))について

被告森島は、平成七年九月、原告がデジタルビデオ発売時の各特約店に対する出荷数の割当方法について進言したが、同被告が原告の進言を採用しなかったことは、当事者間に争いはない。しかし、このことが直ちに不法行為となる侮辱に当たるとは認められない。

また、原告は、被告森田及び被告桝田の侮辱行為をやめさせるよう数回にわたって訴えたが、被告森島はこれを無視して両被告の行為を事実上承認するなどして、原告を侮辱したと主張するが、その前提となる被告森田及び被告桝田の侮辱行為が認められないから、理由がない。

5  被告東山の行為(前記第二の二(第一事件)1(三))について

被告東山が、平成七年一一月ころ原告から被告森田がアビックに対し返品業務に関し行った越権行為をやめさせるよう求められたことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告東山が、被告森田及び被告桝田の越権行為を事実上黙認し、両被告の越権行為が会社の意志であるかのような誤解を社内及びアビックの社員に与え、原告を軽視する雰囲気を作り上げ、原告を侮辱したと主張するが、その前提となる被告森田及び被告桝田の侮辱行為が認められないから、理由がない。

三  争点2(著作権、著作者人格権侵害に基づく損害賠償)について

1  当事者間に争いのない事実、証拠(甲4~17、20~24(以上、いずれも全枝番を含む。以下同じ。)、25、26、31の1~8、32の1~7(以下、31、32の枝番省略)、乙15、16の1、2、乙17、原告本人、被告三木本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成五、六年ころから、ロータス社の「IMPROV」というグラフ作成機能も有するデータ分析用のアプリケーションソフトを使用して、アビックから提供を受けたアビックの月次の店舗別、商品別売上金額(後に台数)等のデータをワークシート上に入力したうえ、それを基にグラフを作成するようになった。原告は、これらを徐々に改良し、店舗別・品種別月次売上高推移を表す折れ線グラフ(甲4~6)、各店舗の月次品種別売上構成移動累計を表す棒グラフ(甲7)及び円グラフ(甲8)等のグラフを作成し、アビックの各店舗の経営の参考資料として、アビックの店長や社長に渡すようになった。

(二) 被告三木(平成八年九月にアビック社長に就任)の行為

(1) 被告三木は、平成八年一一月ころ、原告から提供を受けて前任社長から引き継いだカラーのグラフ(甲4~12の様式)等の資料の一部をOHPシートに黒色単色コピーして、アビックの店長会議の席において使用した。その際、改めて原告の了解をとったり、原告の氏名を表示したりはしなかった。(第一事件)

(2) 被告三木は、平成九年二月ころ及び同年三月ころ、同被告の作成依頼に基づき原告が作成したグラフ資料(甲22、23など)の一部について、アビックの店長会議の席において使用した。その際、原告の氏名を表示したりはしなかった。(第一事件)

(3) 被告三木は、平成九年九月ころ、同被告の作成依頼に基づき原告が作成したグラフの資料(甲31、32など)について、アビックの店長会議の席において使用した。その際、原告の氏名を表示したりはしなかった。(第二事件)

(三) 被告桝田の行為

(1) 被告桝田は、平成八年九月ころ、同被告の求めに応じて原告から提出を受けた原告作成のグラフ資料(甲4~12等の様式)の一部について、OHPシートにカラーコピーして、アビックの店長会議の席上で使用した。その際、原告の氏名を表示したりはしなかった(なお、同被告が、グラフ作成の本来の趣旨と異なる説明をしたことを認めるに足りる証拠はない。)。(第一事件)

(2) 被告桝田は、平成九年二月ころ、同被告の求めに応じて原告から提出を受けた原告作成のグラフ資料(甲4~12等の様式)ファイルをアビックの各店で店長に見せた。その際、原告の氏名を表示したりはしなかった。

2  原告は、被告三木及び被告桝田の各行為は、原告のプログラム著作権及びグラフの著作権を侵害するものであると主張するので検討する。

(一) プログラム著作物性について

原告は、甲4ないし16のグラフを作成するために作ったプログラムの著作権を有していると主張している。しかしながら、原告は、そのプログラムの内容を特定する主張、立証を行っていない。原告は、ロータス社の「IMPROV」というアプリケーションソフトを使用して、種々の工夫を加えてグラフを作成していると主張しているが、それだけでは、単に既存のプログラムによるワークシート上に簡単な式やアイテムを入力しているにすぎないという可能性を何ら否定するものではなく、いまだプログラム著作物であること、即ち、「電子計算機・・・・に対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法二条一項一〇号の二)で、かつ、「創作的に表現したもの」(同項一号)であることを認めるに足りる証拠はないというべきである。

仮に、プログラム著作物と認められたとしても、両被告の行為は、前記1の認定のとおりであり、いずれも、原告がアウトプットしたものを利用しているにすぎず、原告のプログラム著作物に関する著作者人格権、あるいは複製権等の著作権を侵害するものでないことは明らかである。

(二) グラフの著作物性について

原告は、甲4ないし16、甲21ないし24のグラフの著作権を有していると主張している。しかしながら、それらのグラフは、その内容自体は有用な営業情報ではあっても、前記のとおり、グラフ作成機能を有する市販のアプリケーションソフトのワークシートにアビックから提供を受けた営業関係のデータを入力して作成したもの(原告において改良を加えてはいるが)にすぎず、その表現としては、一般的な折れ線グラフ、棒グラフ、円グラフであって、ごくありふれた表現方法であるといわざるを得ず、いまだ、「創作的に表現したもの」(著作権法二条一項一号)であることを認めるに足りない。したがって、これらのグラフは、原告主張のような著作権法一〇条一項六号所定の「学術的な図表」の著作物であるとは認められず、その著作物性を認めることはできない。

また、仮に、グラフが著作物と認められるとしても、原告が、特約店であるアビックに対する卸販売に関する業務に従事していたことは当事者間に争いはなく、原告の職務内容には、アビックに対する業務支援が含まれていること、前記1の認定のとおり、原告が、アビックの売上データをアビックから提供を受けて、その売上分析をするためのグラフを作成したこと、原告は、アビックの社長である被告三木から作成提供の依頼を受け、又は上司である被告桝田の求めに応じるなどして、任意にグラフを両被告に提供したこと、その際に原告は、グラフの使用方法について明示的な条件を付していないこと、被告両名は、アビックの店長会議又は店長との打ち合わせでグラフを使用したものであることなどを考慮すると、被告三木の前記1(二)の各行為及び被告桝田の前記1(三)の各行為は、原告のグラフ提供による黙示的な使用許諾の範囲内のものとして、いずれも原告のグラフの著作権及び著作者人格権を侵害するものでないと解するのが相当である。

なお、原告は、グラフ作成を勤務時間外に私費で行ったと主張しているが、このことは、職務命令でグラフの提供義務が生じるかなどの問題では考慮要素となっても、本件のように職務に関して任意に提供したグラフの著作権及び著作者人格権の侵害の有無を左右するものでない。

第四  結論

以上のとおりであり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(平成一一年六月一〇日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 渡部勇次 裁判官 水上周)

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